[編集] 語彙体系
それぞれの語は、ばらばらに存在しているのではなく、意味・用法などの点で互いに関連をもったグループを形成している。これを語彙体系と称する[54]。日本語の語彙自体、ひとつの大きな語彙体系といえるが、その中にはさらに無数の語彙体系が含まれている。
以下、体系をなす語彙の典型的な例として、指示語・色彩語彙・親族語彙を取り上げて論じる。
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[編集] 指示語の体系
日本語では、ものを指示するために用いる語彙は、一般に「こそあど」と呼ばれる4系列をなしている。
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これらの指示語(指示詞)は、主として名詞(「これ・ここ・こなた・こっち」など)であるため、概説書の類では名詞(代名詞)の説明のなかで扱われている場合も多い。しかし、実際には副詞(「こう」など)・連体詞(「この」など)・形容動詞(「こんなだ」など)にまたがるため、ここでは語彙体系の問題として論じる。
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「こそあど」の体系は、伝統的には「近称・中称・遠称・不定(ふじょう)称」の名で呼ばれた。明治時代に、大槻文彦は以下のような表を示している[55]。
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近称 中称 遠称 不定称
事物 これ こ それ そ あれ あ
かれ か いづれ(どれ) なに
地位 ここ そこ あしこ あそこ
かしこ いづこ(どこ) いづく
方向 こなた そなた あなた
かなた いづかた(どなた)
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こち そち あち いづち(どち)
ここで、「近称」は最も近いもの、「中称」はやや離れたもの、「遠称」は遠いものを指すとされた。
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ところが、「そこ」などを「やや離れたもの」を指すと考えると、遠くにいる人に向かって「そこで待っていてくれ」と言うような場合を説明しがたい。また、自分の腕のように近くにあるものを指して、人に「そこをさすってください」と言うことも説明しがたいなどの欠点がある。佐久間鼎(かなえ)は、この点を改め、「こ」は「わ(=自分)のなわばり」に属するもの、「そ」は「な(=あなた)のなわばり」に属するもの、「あ」はそれ以外の範囲に属するものを指すとした[56]。すなわち、体系は下記のようにまとめられた。
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指示されるもの
対話者の層 所属事物の層
話し手 (話し手自身)
ワタクシ ワタシ (話し手所属のもの)
コ系
相手 (話しかけの目標)
アナタ オマエ (相手所属のもの)
ソ系
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はたの
人 もの (第三者)(アノヒト) (はたのもの)
ア系
不定 ドナタ ダレ ド系
このように整理すれば、上述の「そこで待っていてくれ」「そこをさすってください」のような言い方はうまく説明される。相手側に属するものは、遠近を問わず「そ」で表されることになる。この説明方法は、現在の学校教育の国語でも取り入れられている。
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とはいえ、すべての場合を佐久間説で割り切れるわけでもない。たとえば、道で「どちらに行かれます?」と問われて、「ちょっとそこまで」と答えたとき、これは「それほど遠くないところまで行く」という意味であるから、大槻文彦のいう「中称」の説明のほうがふさわしい。ものをなくしたとき、「ちょっとそのへんを探してみるよ」と言うときも同様である。
また、目の前にあるものを直接指示する場合(現場指示)と、文章の中で前に出た語句を指示する場合(文脈指示)とでも、事情が変わってくる。「生か死か、それが問題だ」の「それ」は、「中称」(やや離れたもの)とも、「相手所属のもの」とも解釈しがたい。直前の内容を「それ」で示すものである。このように、指示語の意味体系は、詳細に見れば、なお研究の余地が多く残されている。
なお、指示の体系は言語によって異なる。不定称を除いた場合、3系列をなす言語は日本語(こ・そ・あ)や朝鮮語(?・?・?)などがある。一方、英語(this・that)や中国語(?・那)などは2系列をなす。日本人の英語学習者が「これ・それ・あれ」に「this・it・that」を当てはめて考えることがあるが、「it」は文脈指示の代名詞で系列が異なるため、混用することはできない。
[編集] 色彩語彙の体系
日本語で色彩を表す語彙(色彩語彙)は、古来、「アカ」「シロ」「アヲ」「クロ」の4語が基礎となっている[57]。「アカ」は明るい色、「シロ」は顕(あき)らかな色、「アヲ」は漠然とした色、「クロ」は暗い色を総称した。今日でもこの体系は基本的に変わっていない。葉の色・空の色・顔色などをいずれも「アオ」と表現するのはここに理由がある[58]。
文化人類学者のバーリンとケイの研究によれば、種々の言語で最も広範に用いられている基礎的な色彩語彙は「白」と「黒」であり、以下、「赤」「緑」が順次加わるという[59]。日本語の色彩語彙もほぼこの法則に合っているといってよい。
このことは、日本語を話す人々が4色しか識別しないということではない。特別の色を表す場合には、「黄色(語源は「木」かという[60])」「紫色」「茶色」「蘇芳色」「浅葱色」など、植物その他の一般名称を必要に応じて転用する。ただし、これらは基礎的な色彩語彙ではない。
[編集] 親族語彙の体系
日本語の親族語彙[61] [62]は、比較的単純な体系をなしている。英語の基礎語彙で、同じ親から生まれた者を "brother", "sister" の2語のみで区別するのに比べれば、日本語では、男女・長幼によって「アニ」「アネ」「オトウト」「イモウト」の4語を区別し、より詳しい体系であるといえる(古代には、年上のみ「アニ」「アネ」と区別し、年下は「オト」と一括した[61])。しかしながら、たとえば中国語の親族語彙と比較すれば、はるかに単純である。中国語では、父親の父母を「祖父」「祖母」、母親の父母を「外祖父」「外祖母」と呼び分けるが、日本語では「ジジ」「ババ」の区別しかない。中国語では父の兄弟を「伯」「叔」、父の姉妹を「姑」、母の兄弟を「舅」、母の姉妹を「姨」などというが、日本語では「オジ」「オバ」のみである。「オジ」「オバ」の子はいずれも「イトコ」の名で呼ばれる。日本語でも、「伯父(はくふ)」「叔父(しゅくふ)」「従兄(じゅうけい)」「従姉(じゅうし)」などの語を文章語として用いることもあるが、これらは中国語からの借用語である。
親族語彙を他人に転用する虚構的用法 (fictive use)[63]として、日本語では赤の他人を「お父さん」「お母さん」と呼ぶことがある。たとえば、店員が中年の男性客に「お父さん、さあ買ってください」のように言う。これと似た表現は朝鮮語(??? お父様)・モンゴル語(aab 父)などにもあり、尊敬する年配男性に用いる。一方、フランス語・イタリア語・デンマーク語・チェコ語などのヨーロッパの言語では他人である男性をこのように呼ぶことは普通ではなく、失礼にさえなるという。ただし、虚構的用法そのものは多くの言語に存在する。英語では年少者が年配者に "uncle"(おじ)、年配者が年少者に "son"(息子)と呼びかけることがある。中国語では見知らぬ若い男性・女性に「哥哥」(お兄さん)「姐姐」(お姉さん)と呼びかける。
父親が自分自身を指して「お父さん」と言う用法(「お父さんがやってあげよう」)は、中国語・朝鮮語・モンゴル語・英語・フランス語・イタリア語・デンマーク語・チェコ語などを含め諸言語にある。
[編集] 語種
詳細は語種を参照
日本語の語彙を出自から分類すれば、大きく、和語・漢語・外来語、およびそれらが混ざった混種語に分けられる。このように、出自によって分けた言葉の種類を「語種」という。和語は日本古来の大和言葉、漢語は中国渡来の漢字の音を用いた言葉、外来語は中国以外の他言語から取り入れた言葉である。もっとも、和語とされる「ウメ(梅)」が元来中国語からの借用語であった可能性があるなど、語種の境界はときに曖昧である(「語彙史」の節参照)。